2003.8.13
大阪へ行く新幹線の中です。今日から3日間、12月の新歌舞伎座公演の打ち合わせ、稽古になります。
8月4日私の母が他界、永眠しました。お通夜や告別式にお越し下さった方々、そして遠くから見守って下さった皆様に、心よりお礼申し上げます。
思えば、私達親子は生まれ育ちから良き戦い!とでも言いましょうか?普通の親子関係とは随分違っていたと思います。一般の方々には理解し難い関係でした。
一般的に子に対する親の愛情とは何だろう?子供が親に甘える、親はそれに応え、愛情いっぱいに守り、育てる。一人っ子の家庭もあれば、兄弟の多い家庭もある。しかしウチときたら、籍の入ってない男と女が両親で、わけの分からない兄弟が沢山いて(両親が同じ兄弟は一人だけです)・・・。そんな中、生まれた子供のうちの一人が私。
大衆演劇という、いわゆるドサ回りの一座で、他人も身内もない共同生活の真っ只中。楽屋で生まれ、どれだけの人に心から祝福されたのだろう??俺は何?子供?座員?子供の頃からオネショが治らず、小学校6年まで続いた。今思えば、親を振り向かせる意思表示だったのか?誰一人として私に期待していなかった。馬鹿だの、こいつはどうなるんだろう?と。
そして皆さんもご存知の通り、親への反発、自分探しの旅、家出、歌舞伎町・・・・・。
親孝行ってなんだろう?自立できた子供?親の最期を子としてきっちり見送ることが出来たこと?父の時は、姓が違っているにもかかわらず、自分が喪主を勤め見送ることが出来た。私がたまたまオフの時を選んでくれたかのような父の最期、そして母も。
生前の母は、私と二人っきりでは落ち着かず、会話も・・・。それは、私に対し親としての愛情を注げなかった引け目なのか?私のことを自慢げに楽しく過ごす母の姿を見て、「この人の子だったんだな〜」と、あらためて思ったり。
7月31日にツアーの千秋楽が終わり、翌日の8月1日、スポーツ新聞のコラム―タイトルは「母」―の取材で、私はこんな話をしました。
「大事に育てるだけが親ではない。突き放すことも必要。私は突き放されっぱなしだったけど・・・。でも、自分はそれで良かった。自立心が早くに目覚めた。確かに駄目になりそうな時も、死にそうな事も、恨むこともあった・・・。だけど、今こうしている自分を感じると、こういう親子関係があってこそ今があると、感謝しています。今だから言える、母は偉大です。これからは好きな事して、長生きしてもらいたいです」と。
その矢先に・・・。
父の葬儀の時、母はこう言いました。「誠さん、立派な葬儀だね。私の時もしてくれるかな?」。あれから7年以上、父の何倍も立派な最後を母に手向けることが出来ました。喪主を勤めた私は三男ですが、姉や妹と力合わせ、両親を弔っていこうと思います。
9月の「真・晴明伝説〜陰陽師」は、皮肉にも私達の親子関係とダブる台詞が沢山ありますが、精一杯勤めて参ります。
母の舞台をご存知の皆様、これからも良き思い出として残してあげて下さい。明治座での座長公演を見せることが出来なかった事だけが心残りですが、天国で見守ってくれると思います。
これからも精進して参ります。どうぞ宜しくお引き立て下さいますようお願い申し上げます。
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